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私と義両親の関係

今回で里帰り日記は最後です。

スイス人と国際結婚をした私、スイスにももちろん、嫁姑バトルはあるようです。情報元はというと、義母ですが(笑)義母が義父との結婚当初の話や、夫の兄のお嫁さんの話などなど、色々聞きますよ〜。

当の私は?う〜ん、もちろん色々思うこともありますが、バトルにはなりませんね〜(笑)理由はきっとこの三つに限るでしょう。

1.遠く離れすぎている。
2.言葉が通じない。

そしてそして、

3.夫の沸点の方が私の沸点より低い。

↑この3.については、もしかして、万国共通、嫁と義両親が円満の関係を築くためには一番役立つことなんじゃないかと最近思うようになりました(笑)

今回の里帰り中も、たった10日間の滞在だったにもかかわらず、どんなによくしてもらっていたと言っても、義両親と私たち夫婦の間で波風がゼロ、ということは決してありませんでした。火種はもちろん、息子です!

偏食&少食の息子、空腹時を狙って、何とかご飯を食べさせることに執心している私たち夫婦なのですが、孫がかわいい祖父母にとっては、孫が欲する物を与えたいわけですよ。これってよくある話ですよね〜(笑)

今回も例に漏れず、空腹の息子にクッキーやチョコレート、プリンを与える両親に対し、私ももちろん、「え〜っ、なんで??」と思ったのですが、私が怒る前に夫がキレてました〜(><;)そんなもの食べたら、当のご飯の時間にはご飯食べません。当たり前です。

実の息子が実の両親に怒りをぶちまけていると、嫁の私は自然と「まあいっか。」と怒りが収まってくるわけです。そして、両親も息子に怒られたほうが、嫁に嫌味を言われるよりずっとマシ、わだかまりは残らないのかもしれません。

1.は、義両親との時間なんて、スイスとアメリカじゃあ遠すぎて一年に一度、数週間あればいいわけで、多少のことはお互い我慢ができる。

2.は、お互いが何か愚痴っても、私はスイスドイツ語が分からないし、むこうは日本語が分からないから、お互い聞かなくてもいいこと、聞こえないんです。余計なことが耳に入らないことはお互いのためですね。

3.今回の旅の間、ブツブツ両親の文句を言っていたのは夫の方で、もっぱら私は聞き役でした。もともとイライラしていた自分の気持ちも、夫の愚痴を聞いていると、「そんなこと、今だけだからいいんじゃない。」と思えるようになった自分がいたんです〜。ほんと、不思議なものです。

こんなこともあった10日間の里帰りではありましたが、基本、義両親との親子関係は、とても良好で、今回も濃厚で楽しい時間を過ごさせていただきました。


義両親が見つめる先には・・・

私達夫婦にとって、いつでもどんな時でも一番の理解者でいてくれている義両親には、感謝してもしきれないほどお世話になっています。


もちろん、孫がいます

今回、息子を連れて初めて里帰りができて、少しは親孝行ができたでしょうか。そうであって欲しいなあ、と心から思います。次はいつになるかまだ分からないけれど、そして、8000kmの道のりは本当にきついのだけど、また親孝行ができるように、近いうちにまた実現させたいものです。そして、日本の父の元にも。

<2014年冬スイス里帰り記 了>
 
posted by: さくら | 帰省(スイス) 2014年冬 | 23:22 | comments(2) | - |

スイスで再会

1月1日元旦

お昼過ぎ、無事にチューリッヒ郊外の義両親実家に戻りました。軽いお昼を食べて、息子がお昼寝をしている間義父に留守番をしてもらって、夫、義母と一緒に近所に住む夫の伯母宅へお邪魔してきました。新年の挨拶です。この旅行中、いったい何本目のシャンパンを開けただろうか(笑)もう毎日飲んで飲みまくってたので、飲むのがちょっと大変でした(汗)

そして、約束の夕方4時、チューリッヒに住む私の友達家族が義両親宅を訪ねてくれました!!


久しぶり〜★

コロラドで出会い、2010年にYちゃん夫婦はチューリッヒへお引越し。前回の再会は私たちの前回のスイス里帰りだったから2011年の夏でした。それから三年半、私もYちゃんも一児の母になりました♪ 出会った時はお互い結婚して間もなく、でも今は、夫婦で異国の地に住む(Yちゃんの旦那様はイギリス人)お互い働くママです。


翌日一歳になった息子君は、ビー玉が気になるお年頃(笑)
 
夫同士も同業者とあって、三年半ぶりの再会は、女子二人+男児二名、男子二人で近況のキャッチアップ!話が尽きませんでした。義両親が美味しい夕飯を用意してくれていただいて、あっという間に四時間が経過。子ども達の就寝時間となってしまったので、また近いうちの再会を約束してお別れとなりました。

仕事のこと、子育てのこと、いっぱい話せました。また頑張ろう、きっと頑張れる、っていっぱい元気がもらえた再会だったな。本当に本当にまた近いうちに会えますように!

こうして、スイス里帰りの最後の夜は更けていきました〜。
 
posted by: さくら | 帰省(スイス) 2014年冬 | 22:12 | comments(2) | - |

大晦日のピザパーティー

息子の風邪、咳がだいぶおさまってやっと夜中も通して眠れるようになりました。後は、青っ洟が治ってくれるといいんだけど。一体次は何の病気をもらって来るやら・・・と怖いのですが、まずはひと安心。私は、あと一週間で新学期が始まるので、かなり焦ってきてはいるのですが、まずは旅行記をしっかり書き終えたいと思います。

12月31日

大晦日の夜は、ピザパーティー、それが義家族の伝統(Family Tradition)です。


午後、釜に火を入れます

この日もゆっくり目の朝を迎え、一時間ほど森林浴へ出かけ、その後はご近所さんへ年末のご挨拶へ。家に戻り、お昼ご飯の後、義父が釜に火を入れてくれました。家中、薪ストーブのいい匂いが漂います☆


夕方、義両親の友人二組が集まりました

いつも思うのだけど、義両親は友人付き合いが本当に上手。私たちがスイスに里帰り中は、いつも沢山の訪問者があります。これも、義両親のマメな気遣いや心遣いがあるからだろうな、と私は感じます。ちなみに、スイスやアメリカでは、クリスマスは家族で過ごし、お正月は友人達と過ごすのが一般的で、日本の習慣とは逆ですね。


ピザ生地は、訪問者の一組による手作り


生地を伸ばすのは息子もお手伝いさせてもらいました!


ピザにのせる具材はお好みで


何のせたい?


焼くよ〜


まだかな、まだかな〜??

義両親の親戚や友人達と過ごす空間での私の悩み、それは言葉!私はスイスドイツ語はもちろん、ドイツ語での会話はできません。(スイスで使うドイツ語は、ドイツで使うドイツ語と単語も文法も違います。)知ってる単語は少しあるけど、会話についていけるだけの言語力は無いのでこういう場では私は完全に浮くんです(><)

それでも、今回は息子がいたから子どもと遊んでれば良かったんだけど、大晦日の夜は長いんです!息子は9時には就寝、その後が長かった〜。英語だったらコミュニケーションには問題無く、最近では初対面の人とも物怖じせずに話せるようになったし、冗談も飛ばせるくらい、会話には自信がつきました。

でも、スイスでこういう場に出くわすたびに、「あ〜ドイツ語もっと勉強しなきゃなあ。」という思いに駆られます。でも、アメリカでの生活では必要性は無く、スイスやドイツへの移住も可能性はほぼゼロということで、勉強する気力が沸きません。まあ、いっかな〜って(笑)

でも、今回は一人英語が堪能な方がいたので、けっこう込み入った話もできたので、それはそれで楽しかったな!


義母特性のピザ、スモークサーモンピザ!

こうして大晦日の夜は更けていき、23時半、ちょっとフライングでカウントダウン&シャンパンで乾杯をしました。2015年、おめでとう〜。

翌日の元旦は、滞在最終日、朝ご飯の後でチューリッヒ郊外の自宅への帰路に着きました。
 
posted by: さくら | 帰省(スイス) 2014年冬 | 20:42 | comments(0) | - |

スイス南部の別宅

12月29日〜1月1日

スイス南部のイタリア語圏、ティッチーノ地方にある義両親の別宅に三泊四日滞在したのですが、この家は、築1000年程の歴史的建造物の一つとなっています。


玄関、壁画にイエスキリスト

1980年、元の保有者が亡くなり廃屋となっていたこの家を、夫の両親が購入。当時は住める状態ではなかったのを、毎週末チューリッヒ郊外の自宅から駆けつけて、夫婦二人の手でリフォームをして住める状態にしたそうです。


正面玄関

購入当事はまだ幼かった二人の息子達も、大きくなるにつれて即戦力となり、リフォームを完成させたのは購入から10年、1990年のこと。感慨ひときわだったそうです。


玄関を入ったところ、石畳の床

ところが、その年、隣の家が住人の火の不始末から火事となり、この家も飛び火を受けて半壊。。。10年の歳月、家族四人の血と汗が一晩にして灰と化した瞬間でした。更に、その隣の家は無保険、修理代は支払ってもらえなかったそうです。


台所への入り口

ショックと怒りと悲しみで、一度はこの家を手放すと言い出した義父を、二人のティーネージャーとなっていた息子達が、「この家が好き!お願いだから手放さないで!また頑張って作り直そうよ!僕たちも頑張るから!」と涙ながらに訴えて、固かった義父の考えを覆したのだそうです。
 

ダイニングキッチン奥は暖炉

物作りの手、そんな義父(開業医でしたが><;)の手と背中を見て育った夫が、自分のドリームハウスも自分の手でリフォームをする!と言ったのは、こんなことからごく普通のことだったのかもしれません。(詳しくは、我が家のリフォーム日記をどうぞ→)築1000年のこの家と、築50年の我が家とは雲泥の差ですが(笑)
 

毎晩火を炊きました

今のこの家の姿は1998年に業者を雇って出来上がったものではありますが、それまで義父はリフォームをし続けたそうです。一度は玄関先に敷いた石畳を見た村の神父さんが感激し、村の教会の床も作って欲しいと頼んできてしてあげたこともあったとか。素人の技術を超えて職人並です!
 

暖炉でソーセージも焼いて食べました!

今では、台所やお風呂は最新のシステムだし、暖房設備もしっかり整っている、でも築1000年の石造りの家。伝統とテクノロジーが融合したこの家と周りの環境が大好きな夫。里帰りはここ、と決めています。
 

二階には3つの寝室と浴室があります


石釜もあるんですよ〜

この家に来れば来るほどその良さが分かる私ですが、「地震が来たら一瞬で崩れるよね?」とついつい思ってしまう私はやっぱり日本人ですね(笑)大丈夫、ここには地震来ないから。


屋根裏の三階

陽当たりがいいので、ここでロッキングチェアに座って読書をするのが滞在時の私の日課♪ 右奥が私たちの寝室です。
 

寝室からつながるバルコニー


バルコニーから見えた朝焼け

次の記事では、義家族の伝統、大晦日のピザ(Pizza)作りについて紹介します!
 
posted by: さくら | 帰省(スイス) 2014年冬 | 15:05 | comments(2) | - |

スイス南部の村

12月29日〜1月1日

義両親の別宅のあるスイス南部にある村に滞在しました。スイス北部から南部へ、アルプス越え(トンネルですが)をしたところ、一気に好天!大雪&濃霧の北部とは打って変わって、久々の太陽光が有難かった!


その村を隣の丘から眺めた写真

この村には里帰りの度に立ち寄っていますが、本当に独特で素晴らしい景観です。


石畳の道


石畳の道&トンネル
 
スイスという国は、大戦に”直接的には”参戦しなかったことから、各地に歴史的建造物がそのままの形で残っていて、この村もその一つ。たった80人の人口しか居住していない小さな村なのですが、一定区画は、「伝統的建造物保存地区」となっていて、その景観を守る義務を住民に課しているのです。


村の中心は、やっぱり教会


ネコさ〜ん(by 息子)


村のシンボルの銅像に乗った息子(笑)

夫もこの村と両親の別宅が大好きで、里帰り時は必ずこの村で過ごしたくなるとのこと、この村への滞在無しに里帰りではない、と。一番近い都市からは30分ほど離れた山の上に位置する村です。夫が大学生だった頃、夏休みはいつもここに一人で来て、休み明けにある試験に向けてテスト勉強に励んだそうです。


自然もとっても豊か
 
ここに来たら、ハイキングも欠かせません!


私と息子、お散歩中
 
標高差600mの裏山にも登りたかったんだけど、”抱っこ魔”の2歳児が一緒だと無理無理!でも、森林浴はできました!
 



森林浴、むっちゃ寒かったけど、気持ち良かった〜

そんな”抱っこ魔”の息子も、この旅ではずいぶん歩けるようになりました!非日常のなせる業!?


もちろん、公園遊びもしたよ

次の記事では、この村にある義両親の、築1000年(百ではなく千ですよ〜)の別宅を紹介します!
 
posted by: さくら | 帰省(スイス) 2014年冬 | 22:06 | comments(0) | - |